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2000年03月29日訪問
2000年04月07日作成
2000年05月05日更新 |
2000年3月29日 マチュピチュ観光開始 |
(テープNo.2) |
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ホテルの横にある遺跡の入り口から遺跡へ向かいます。
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遺跡の入り口(ゲート)を通過して、ホテルを振り返ってみると、
ゲートの向こう、ホテルの庭に何台ものバスが停まっています。
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ゲートを入って、水平に1〜2分歩くと段々畑の番人の家へつきます。
遺跡を見学する人がまず出会うのが、この番人の家で、遺跡の最も東側にあります。
マチュピチュが栄えていた頃は、都市の裏側にあたり、
入り口や道路はなかったそうです。観光用に作られた入り口です。
この番人の家を過ぎると、段々畑があります。
目の前に遺跡がありますが、
遺跡へは向かわず上へ登って遺跡全体を見下ろします。
見上げると段々畑の
番人小屋が見えます
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右へ上って行く階段のよ
うな道が『インカ道』です
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インカ道は山の中に造られた道です。
階段のように見えますね?
歩いてみると、なぜかとても歩きやすい道です。なんでだろっ!
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ほぼ中程まで登ってきました。

梅野さんの知り合いの
大学教授に会いました
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遺跡が、だいぶん
見えてきましたね
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暑〜ぃ。ここでちょっとだけ休んで、もう少し先へ進みます。
遺跡を見下ろす→
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←段々畑を道路の代わり
にしてます。
畑の上の方に
大勢の観光客が見えます。
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遺跡を見下ろす
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- 謎の【空中都市】を実感
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遺跡は左右の険しいがけの上に建設
されています。遺跡の左側(西側)は
ウルバンバの谷です。右側(東側)も
ウルバンバの谷です。
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遺跡の両側は険しい谷です、
遺跡は下からは見えません。
この伝説の都市は多くの探検
家がさがしたにもかかわらず
見つける事が出来ず500年
もの間ひっそりとジャングル
に埋もれていた、と言うのも
うなずけますね。
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では遺跡を細かく見てみましょう。
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まず遺跡の入り口を拡大するとこんな感じです。
入り口を入って行く人たちが見えます。
この入り口は、遺跡が栄えていた頃、街へ入る事が出来る唯一の入り口だったそうです。
入り口を1ヶ所にすることで、街の守りを固めることが出来たのではないか、と言われています。
続いて主神殿を拡大してみます、遺跡の西側にあたります。
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←この階段を登ると日時計の丘です。
この広場が大広場です。
主神殿
↓
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主神殿の中にも何人かの観光客が見えますね?
そして主神殿の向こう側、街の中では最も高い場所にあるインティワタナ(日時計)の丘です。この日時計(大きな石)は別名『パワーストーン』とも言われるようになって、訪問した人たちがなでて行くようになったため石がすり減ってきています。
向こうにある家が重なって見えますが
2軒の家は丘とは反対側、広場の向こ
う側になります。(追って説明します)
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日時計の丘から大広場を挟んで反対側の高いところにある居住区です。
たくさんの家が密集しています。
こちらからは見えませんが、ここから東側の斜面を下の方に向かって家が連なっています。
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- では遺跡へと、降りて行きましょう。
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段々畑から遺跡を見下ろして全体を掴んだあと、遺跡へ降りて行きます。

ここまで降りてくると目の前の遺跡が段々大きくなってきます。
遺跡の向こうにあるワイナピチュ(山)も大きく見えてきますね。
ここでリャマがお出迎え。
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人間と同じくらいの
高さに顔があるせい
でしょうか、人と同
じレベルで生きてい
るって感じです。
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リャマと一緒に遺跡を見下ろして記念撮影。
リャマの頭の辺りに見えるのが遺跡の中央で最も高い位置にある
パワーストーンの丘、写真の中央、低いところがお祭りの広場で
す。写真右側は遺跡の東側になり、太陽の神殿などがあります。
ここから見るとパワーストーンと向こう側の2軒の家の位置がご
理解頂けると思います。(先ほどの写真では重なって見えていた)
ほかの情報によると、ここにはアルパカも居て、飼われているそうです。
荷物運びに使われている、とか。
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途中にある生け贄を載せた石?
インカの文明には文字がないので、この石もよく分からない様ですが、
生け贄を載せて血を流した石のようです。
生け贄には動物を使った、となっていましたが、
その後の発掘で人間も生け贄になっていた事がわかっています。
動物を生け贄にしても雨が降らず作物が取れなかったり、
火山の噴火が起きるなどの大きな出来事に対しては人間を生け贄にして山の神にお願いをしていたようです。
- 遺跡の入り口
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遺跡の入り口手前です。こ
の写真の左に遺跡の入り口
があります。
この溝は 断層 だそうです。
断層の上には建物を建てな
いようにしていたそうです
インカの人々は、数百年前
すでに断層を知っていたん
ですね。
(→災害)
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遺跡へ入って、
遺跡への入り口を
振り返ると
こんな感じ。 |
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この出っ張った石は
建物の壁にあります
建物の屋根を留める
ロープを掛ける出っ
張りだろうといわれ
ているそうです。 |
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遺跡の中へ入ってきました。
前方に主神殿、その向こうに
インティワタナの丘が見えます。
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主神殿の内側です→
神殿の中央の石で一休み
している観光客が居ます
あなたが腰を下ろしてい
る石だって遺跡なのに、
そんな事をして良いの?
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石の中央にある線はまっすぐ
南を指しているそうです。
石の形そのものが南十字星の
形をして居ることから、星占
いに使われていたのではない
か?と言われているそうです。 |
- インティワタナ
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主神殿からインティワタナ(日時計)の丘へと登って行きました。

頂上にある日時計の石、別名パワーストーン
石の形が妙な形をしていますが、太陽の影が
どこに来るかで作物の植え付けや取り入れな
ど、様々な時間や時期を知るために用いられ
たのではないか?といわれているそうです。
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ぐるっと回って、東側の居住区と
ここ、パワーストーンの丘との間
にあるお祭り広場を見下ろすと下
の写真の様に見えます。
大広場に居る人の大きさから遺跡
の大きさを感じて頂けると思いま
す。↓↓↓
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日時計の丘から大広場を見下ろしたところです。
広場の向こう側(東側)は居住区です。家が見えま
す。屋根はなく石だけですが雰囲気はわかります
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最初に遺跡を見下ろしていた段々畑を振り返ってみるとこんな感じです。
最初に遺跡を見下ろした写真に戻って、この写真と比較してみてください。
遺跡をざっと回って、とりあえず午前の観光は終わり。
ホテルのレストランでお昼を食べて、午後はホテルで一休みです。
あぁ疲れたぁ。
ここでガイドの梅野さんとはさようなら。
この後は自分で行動しなければなりません。
明日の午後には自分でインカ帝国の首都クスコへ帰ります。
梅野さんは 『 ちゃんと帰ってきてね〜 』 と言いながらクスコへ帰って行きました。
列車は全席指定席なので乗り遅れると、席が確保出来なくて帰れなくなる事もあると、
心配していました。