着きました。ここが太陽の門です。
ホテルから1時間半ほどかかりました。姪は1時間かからずに登った様で、既に降りて行きました。
おじいさんでも1時間で登れるそうです。私は心臓が相当弱っている様です。それに、途中であっちこっち撮影していたからか1時間以上はかかりましたぁ。
地元のお兄さんが荷物を担いで運んでいます。この人達は2〜3人で歌うように話しをしながら走って行きます。ヒエ〜、す、凄すぎるぅ。あたしにゃ、あんな真似は出来ないよ〜
太陽の門は峠です。
反対側を見るとこんな感じです。
一体どこから登ってくるんでしょうねぇ。
反対側は、かなり急な坂道のように見えます。
太陽の門から見下ろすマチュピチュの遺跡と
その周辺の景色です。
上の写真の左上の緑の○の中を拡大すると左の様になります。
標高6000mのアンデスの山々の一つが見えます。
そして眼下にはマチュピチュの遺跡やワイナピチュの山、手前の緑の○は昨夜泊まったホテル、ホテルへ登ってくる曲がりくねった道が見えます。
写真の右側の緑○を拡大すると下のように見えます。
ご覧のように、朝日が顔を出したのは日の出の一瞬でした。私が太陽の門へ到着した午前7時半にはすでに雲が太陽を遮ってご覧のような風景となっていました。太陽が照らしていた時間は、ほんのわずか数分だったようです。一瞬の出来事と言えますねぇ。
ホテルは9時までにチェックアウトしなければなりません。姪との約束は8時半にホテルで待ち合わせました。ここでいつまでも景色を堪能している時間はありません。急いで下山します。
この付近の岩には変わった植物が見られます。
私が大好きな、変わった『こけ』も見られます。(写真右)
太陽の門と遺跡の間にはこのようなゲートがあります。
神聖なマチュピチュへの守りの門とも、言われますが文字を持たないインカ帝国の様子は全てが謎となっています。
『ほいほい』と歌いながら(話しをしているのだと思いますが)走り回る現地の人は裸足か、このようなサンダルで山道を走り回っています。
文字を持たないインカでも、情報管理が極めてしっかりしていて1日に100km〜160kmの速度で情報がやりとりされていた事が分かっています。
このような関所が一定の間隔で配置され2〜3名の情報伝達担当の役人が居たそうです。彼らも走りながら、次々に言葉で情報を伝えていたのかもしれませんね。
インカ道を下るに従って再び、様々な花が増えてきます。
花なのか、実なのか、茎の一部なのか分からない様な物もあります。
アマゾン地域のこの辺りは、ジャングルの西のはずれに当たります。
木の枝にもコケのような物がとりついています。
眼下に見えるウルバンバ川はアマゾンの上流なのです。
この川は6000km流れて大西洋へと注いでいます。
だいぶん降りてきました。
段々畑の最上部へ来ると、遺跡も肉眼で見えるようになりました。
この写真の正面にある山(岩?)がワイナピチュと言う山です。
段々畑の一番上の監視小屋から遺跡へは向かわず、右へ折れてホテルへ戻ります。
道に赤や黄色の花がたくさん落ちています。ふと見上げると道に落ちている花と同じ色の花が見えます。
道に落ちているたくさんの花は、鳥たちの朝ご飯だったのでしょうか?
下を見ると、南米にたくさん居ると言われる『木の葉蟻』が居ます。
せっせと木の葉を運んでいます。
木の葉を巣へ持ち帰って発酵させ、キノコを栽培して餌にする、と言う珍しい蟻です。
ホテルへ戻ると8時過ぎ、下の温泉から登ってきた早朝の観光客と、山を越えてきた観光客が増え始めています。
でも、本格的に観光客が押し寄せて来るのはクスコから列車が到着する10時過ぎになります。
それまでにワイナピチュへ行ってみたいな〜っ。
おおっ! もう8時半だ、とりあえずチェックアウトです。
その後の時間(9時からお昼まで)でワイナピチュを目指そう。
こうご期待、、、