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2011年03月30日 作成
2016年09月01日 更新

私の実家
海岸や川のそばは避ける  (2011年03月28日 月曜日)
私は海岸や川のそばには住めません。 津波や水害が心配だから、です。
小学校6年の時 大きな災害 を経験しました。 家の周囲にあった、山や田畑が流されました。 近くにあった家は、家の中にいた家族3人が、家ごと流されて、家族3人は行方不明。 村人が総出で土砂を掘って行方不明者を探しましたが、発見できませんでした。 隣村では山が崩れて 100人以上の死者行方不明者がでました。

私の実家は江戸時代から続く古い家です。 古い家は山の上にあります

山の上は、とても不便です。 その後出来た農協や診療所、鍛冶屋さんや駐在所などは谷間に出来た集落です。 この谷間の集落は流されました。 農協の一部が残っただけで診療所や駐在所などは跡形無く流されました。

高台の家を購入
昭和59年、はじめて、家を購入しました。 横浜市戸塚区の丘の上のマンションです。 水害に遭わない場所 を選んだ結果です。 海から10Kmほど離れており、津波の心配もありません。

2001年に滋賀県へ引っ越しました。 2軒めは コンクリートの家 。 火事や地震が怖いから。

厚さ28センチのコンクリートで出来ている我が家は、神戸の建設会社が 震災復興工事が一段落したので造った、と言う家です。 少しでも安全な場所に住みたいならば、結果としてこういう家を選ぶはず、ですよね?

なのに、多くの人たちが海岸や、谷間、川のほとり、活断層の近くに住んでいます。 そんな 危険なところに住む のは、私には考えられません。 皆さん、怖くないのでしょうか?


海抜114m、自宅のベランダから見下ろした周囲の風景。 (京都方向です)
下に見える川 (海抜74m) からの高さは40m。どんな大雨でも、我が家が
水没することはありません。


2000年春、 インカ帝国の遺跡 を訪問しました。 500年前、すでに地震に対する都市作りが行われていたのを知りました。 何百年も前から、人類は英知を結集して災害に立ち向かってきたはず、ですよね?

マチュピチュの遺跡 →
石垣と石垣の間は
断層。ここには建物
を建ててはいけない

危険なところに住むのなら、その危険に対する対策を考えるはず、だと思うんです。

2011年の震災。 被害が大きくなるのは不思議です。 三陸には何度も津波が来ている。 過去 1000〜1100年周期で 10〜15m級の大きな津波が5回来ており、 そろそろ来る時期だと言う事はわかっていた。 100年以内に 巨大な津波が来る と予測されていたわけです。 予測出来ない災害は、仕方がない。 しかし、今回の地震と津波は来ると わかっていた事 ですよね? しかし、それに対する対策をしていなかった。 私には、それが理解出来ないのです。
漁民たちが海辺に住むのは、やむを得ない。 そのような危険な海辺に住むのなら、津波への備えはするでしょう? 過去、何度も津波は来てるんだから。
原発が、巨大津波への対策をしない のも理解できません。 住民に迷惑を掛けない、と言う気持ちがあれば、対策はするはずです。 なのにその備えをしないのはなぜ? 経済を優先した、と言うのは単なる言い訳。 ほんまかいな?
日本は、これからも原発を使いたい。 であれば、安全な原発を作らなければならない。 なのに、なぜ安全対策をしないの? それが理解出来ない。 中国は原発は地下に作る、といっているそうです。 万一事故が起きた場合は水没させてしまう。 そうすればメルトダウンは避けられる。 全電源が失われても安全ピンを引き抜けば貯水槽の水で原子炉を水没させられる。 そういう設計をするべき、なのでは?

私は37年間、アプリケーションエンジニアとして、様々な設計に携わってきた。 人命にかかわる装置の設計は細心の注意を払う必要がある。 自動車のエンジン制御装置を設計したときは、万一電気系統が全て破壊されても 最後は機械的に止まる設計にしました。 1万ボルトの高圧でエンジンに点火している。 このノイズでも誤動作しない制御装置を設計しました。

原発を海岸に建設するなら海面より低いところに作る。 全ての電気系統が破壊されても、池の水を使って手動で水没させられるようにするべきです。 最悪の事態は回避できるだろうに。

巨大災害を見る度に 人間はもう少し賢く生きて欲しい と思うのですが、、
非常通信  2006年の土砂崩れ  2012年の大雨