関西
生活
土砂崩れ
2006年07月20日作成
2006年07月22日更新
土砂崩れに遭遇 2006年07月20日(木曜日)

会社の帰り、国道422号線を南下して家に向かっていました。 南郷洗堰を過ぎて1Kmほどで新浜のバス停があります。 立木観音の手前です。 新浜の交差点の信号が見えていたのに突然信号機と街路灯が見えなくなりました。 つまり 突然、辺りが真っ暗になったのです。

停電かな?と思った、次の瞬間、 目の前にご覧のような大きな木が落ちて来ました。 画面右側から落ちてきたのですが、左側は瀬田川。 ななな、なんなんだ?って感じ。


私があと5秒早く来ていたら、私はこの土砂の下になっていたかも。
目の前の土砂崩れを見ながら何とも言いようのない怖さを感じました。

まず最初の、辺りが真っ暗になった瞬間は、いったい何が起きたのか、瞬間的にはわかりませんでした。 とてもビックリすると同時に、この世の出来事ではないような、なんとも不思議な気分に見舞われました。

しばし呆然としていましたが、すぐ後ろからはトラックが来ています。 ハザードランプで合図をして追突されるのを防ぎます。 後ろから来た大型トラック2台は追突せず止まってくれました。 運転手がおりてきたので、通れない、と言ってヘッドライトをアップビームにすると、すぐに事情を飲み込んでくれました。 二人の運転手は、危なかったね〜、車は大丈夫か?と気遣ってくれたあと、 通れないならUターンだが、どこまで戻ればUターン出来る?と聞かれました。 大型トラックは地元の車ではなさそうです。 まもなく向かい側にも車が来たようで倒木の向こう側に明かりが見えるような気がしました。 土砂崩れに巻き込まれた車はなさそうです。 あとから考えれば当然ですよね?私はこの先の信号機を見ていたのだから。 でも、その瞬間には冷静に状況に対応できないものですね。

うしろからは車がドンドン来ます。 トラックの運転手が、後ろから来る車を手前で止めないと身動き出来なくなる、と言うので、 私はこの場でUターンして、後ろの車に『この先通れない』と怒鳴って知らせながら南郷洗堰まで戻りました。 多くの車はわかってくれましたが、まるで無関心の若者もいました。

私は、洗堰から黒津方面へ戻り 関津峠 を越えて家に戻ります。 洗堰まで戻ると、堰の下流の水位が驚くほどあがっています。 上流側の琵琶湖の湖面とほとんど同じ高さ? と思えるほどの凄い水量です。 堰の下流の水位が、こんなにあがっているのは、はじめてみました。 洗堰を渡るとだんだん冷静になってきました。 ここで警察へ連絡しなくちゃ、と思い110番通報しました。 『土砂崩れです』と言うと、警察は『立木観音付近ですよね?』と言う。 すでに一報が入っているらしい。 『立木観音より手前です』と言うと『手前では北か南かわからない』と言う。 『北側で新浜のバス停よりもさらに北だ』と言うと、じゃあ もう一箇所で起きたのかなぁ? と言っています。 警察はそれだけ言うと最後に名前を聞かせてください、と言う。 名前だけ言うと、それでおしまい。 警察の対応は簡単でした、あっさり終わってしまいました。

大石の先でも土砂崩れだった。

関津峠 を越えて大石へ入ると422号線が通行止めになっています。 交通整理をしているおじさんに聞くと、この先、ライフル射撃場付近で土砂崩れだというのです。 私は、その手前で右折する、と言うと、じゃあ通っても良い。 ただし、詳しい情報が来ていないのでハッキリしない。 途中で引き返す事になるかも、と言う。 『は〜ぃ』と言って422号線をゆっくり信楽方面へ向かいました。

信楽川を越えて、大石東の交差点にさしかかると、 ここでも通行止めの準備をしています。


おじさんたち二人が、なにやら大声で話しながら、車を止める準備中です。

やれやれ、何とか家に着いた、と思ったら、再び強い雨になりました。 家に着いてもなんだかドキドキしていて興奮気味です。 とにかく風呂に入って、ようやく落ち着きました。 明日は山寺直行です。 とにかく寝なくちゃ。


翌日
22日の様子→

22日は久しぶりに晴れました。 そこで、落石現場まで バイクで行ってみました。

自宅からの距離はわずか2Kmほど。



落ちてきたのは、この石だけ?

大型のユンボが来ていますが、大きくて動かせないのでしょうか? 通行止めにしている他は工事をしているようには見えません。

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