雑談 (言いたい放題) |
田舎暮らし |
2002年4月14日作成 2007年6月25日更新 |
- 環境の時代 = 江戸時代
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自然の中で暮らしたい、と思うなら田舎暮らしになるでしょう。
都会で暮らすなら江戸時代の下町のような生活が自然と調和した暮らしでしょう。
当時は化学肥料がありませんから人糞を畑に撒いて野菜を作っていた。
石油もありませんから菜種油などの植物油やラードを燃やして灯りをともしていたはず。
大変高価な物だったはずですから、ほんのわずかしか使っていなかったと思います。
エンジンはありませんから動力は水や風など自然の力を使います。
エアコンはありませんから打ち水などで涼を取る。
このような生活なら地球環境を悪化させることは少ないはず、ですよね。
- 危機対応
-
都会は
災害
に対して脆弱です。
巨大地震が来たら都会よりも田舎のほうが生き延びるられる可能性が高いと思います。
都会では水や電気が止まると生活できません。
高層マンションは電気が止まるとエレベーターが使えません。
40階もの高さから外へ出るには階段を歩く事になります。
毎日これだけの階段を使って外へ出るとなればとても生活出来るものではありません。
水が止まるとトイレが使えません。都会では日常の生活が出来なくなるのです。
しかし、田舎なら近くに穴を掘ってトイレの代わりにできます。
食料も周囲の野菜などを食べていれば、しばらくは暮らせる。
さらに、田舎は近所つき合いがあり、緊急時にお互いの安否を確かめ易い。
都会ではどこに誰が居るかを把握している事が少なく、
ビルが崩れても救出すべき人がどこにいるかがわかりません。
神戸の震災と、秋田の震災を比較すればわかる事です。
- 心が安まる
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田園風景を眺めていると心が安まります。
横浜では
マンションの中庭
を眺めながら生活していました。
しかし、ここ滋賀県へ来てからは山や田園風景の中で生活しています。
動物である人間は、自然と接している時が心休まる時だと思うのです。
『アルプスの少女』ハイジ、の気持ちが分かるような気がします。
勿論、ここは信州の山々や
スイスの山々
とは違いますけど。
庭にタヌキが来るようです。
コロッケなどの残飯を出しておくと食べて行きます。
瀬田川沿いの土手と家の前でキツネらしい姿も見かけました。
会社の帰りに瀬田川沿いの国道で鹿が交通事故に遭っていました。
パトカーが来て事故処理をしているのに車は1台。
よく見ると道路には鹿が倒れていました。
信楽ではイタチを見かけますし
石榑峠
にはサルがいました。
猿は我が家の屋上にも来ました。
我が家はコンクリートの戸建て、いったん屋上に上がるとおりられないようで
お猿さんは困っていましたが、、
これらの動物を眺めながら暮らすのも、自然の感じで、良いですよね〜。
- 音
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こちら滋賀県では、日中は立木観音の鐘の音を聞き、
朝7時、昼、夕方には『ふるさと』のメロディーが流れる。
これに対し横浜はマンションの中庭から聞こえる子供の声か、
マンションの裏を走る大きな道路、横浜新道の自動車の音(騒音)だけ、だったように思います。
人間の五感は刺激が小さい方が感性が磨かれるのではないでしょうか?
静かな所にいると音に対する感受性が高まるような気がします。
ここでは車の音は少なく、たまに自動車の音がすると、誰が来たの?
と気にするようになります。
周囲の山からはウグイスの声も聞こえます。
音に対して敏感になるのも良い物だ、と思います。
- 猿、鹿、タヌキ
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自宅にタヌキや猿が来るし周囲では鹿も見かける。
でも、タヌキは交通事故に遭ってから家には来なくなりました。
鹿も交通事故で道路に横たわっていたのを見ます。
タヌキはしょっちゅうです。
動物たちが車にはねられて死んでしまうのは、かわいそうです。
なんとか動物たちと共生できない物でしょうか。
End of 田舎暮らし
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