雑談
(言いたい放題) |
田舎暮らし |
2002年4月14日開始
適宜更新
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- 環境の時代、江戸時代
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自然の中で暮らしたい、と思うと結果として田舎暮らしになる、と思います。都会で暮らすなら江戸時代の下町のような生活が自然と調和した暮らしなのだろうと思います。当時は化学肥料がありませんから人糞を畑に戻して野菜を作っていた。石油もありませんから菜種油などの植物油、またはラードを燃やして灯りをともしていたはず。これらは当時としては大変高価な物だったはずですから、ほんのわずかしか使っていなかったと思います。
エンジンはありませんから動力は水や風など自然の力を使いますし、エアコンはありませんから打ち水などで涼を取る。このような生活なら地球環境の悪化は少ないはずですよね。
- 危機への対応
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都会は危機に対して脆弱です。
巨大地震が来たら都会よりも田舎のほうが生き延びるられる可能性が高いと思います。
都会では水や電気が止まると生活できません。
高層マンションは電気が止まるとエレベーターが使えません。40階もの高さから外へ出るには階段を歩く事になります。毎日これだけの階段を使って外へ出るとなればとても生活出来るものではありません。
水が止まるとトイレが使えません。都会では日常の生活が出来なくなるのです。しかし、田舎なら近くに穴を掘るなどしてその場をやり過ごすことが出来ます。
さらに田舎は近所つき合いがあり、緊急時にお互いの安否を確かめ易いでますが、都会ではどこに誰が居るかを把握している事が少なく、ビルが崩れても救出すべき人がどこにいるかがわかりません。神戸の震災と、秋田の震災を比較すればわかる事です。
- 心が安まる
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田園風景を眺めていると心が安まります。横浜ではマンションの中庭を眺めながら生活していました。しかし、ここ滋賀県へ来てからは山や田園風景の中で生活しています。
動物である人間は、自然と接している時が心休まる時だと思うのです。
『アルプスの少女』ハイジ、の気持ちが分かるような気がします。
勿論、ここは
信州の山々や
スイスの山々
とは違いますけど。
庭にタヌキが来ます。コロッケなどの残飯を出しておくと食べて行きます。瀬田川沿いの土手でキツネを見かけました。
会社の帰りに瀬田川沿いの国道で鹿が交通事故に遭っていました。
パトカーが来て事故処理をしているのに車は1台。よく見ると道路には鹿が倒れていました。
信楽ではイタチを見かけますし
石榑峠にはサルがいました。
これらの動物と暮らすのも、自然で良いですよね。
- 音
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こちら滋賀県では、日中は立木観音の鐘の音を聞き、朝7時、昼、夕方には『ふるさと』のメロディーが流れる。
これに対し横浜ではマンションの中庭から聞こえる子供の声か、マンションの裏を走る大きな道路、横浜新道の自動車の音(騒音)だけ、だったように思います。
人間の五感は刺激が小さい方が感性が磨かれるのではないでしょうか?
静かな所にいると音に対する感受性が高まるような気がします。
ここでは車の音は少なく、たまに自動車の音がすると、誰が来たの?
と気にするようになります。
周囲の山からはウグイスの声も聞こえます。
音に対して敏感になるのも良い物だ、と思うのです。
End of 田舎暮らし
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