遠い昔の思い出
(夏の思い出)
手術
2004年07月17日 開始
2004年07月17日 更新
牛の病院で手術
昭和36年6月、長野県の南部、伊那谷は記録的な豪雨に見舞われました。 村の診療所、農協などは流されてしまいました。 道路は寸断され、陸の孤島と化した村は小学校の校庭が臨時のヘリポートとなり、自衛隊の輸送ヘリが救援物資を運んできます。

そんな中、私は半年ぶり2回目の盲腸の痛みを覚え、前夜からころげまわるような痛さに見舞われました。 なんとか一夜を過ごし、朝起きたら村の公会堂へ連れて行かれ、そこからトラックに載せられ町の病院へ連れて行かれました。 しかし、病院は流されており、今は使われなくなった畜産病院、つまり牛の病院で仮営業をしていました。 私は牛の病院で盲腸の手術を受けることになりました。

手術室は牛の手術台? 部屋の中を飛んでいるハエ退治から始まります。 看護婦さんがハエ叩きでハエを退治。 天井についている照明も牛の手術用の照明だそうです。 麻酔の注射をされ、薄れて行く意識の中、看護婦さんから数を数えるように言われて、 イチ、ニィ、サン、と数を数えていたような気がします。

ベッドでの10日間
7月はじめの牛の病院は暑い。 2階の大会議室、とても広い部屋に並べられたベッドの上で 10日間を過ごすことになりました。

最初の2〜3日は笑えませんでした。 腹筋を動かすと傷口が痛むのです。 手術の正否はおならが出るかどうかで判断するそうです。 失敗すると腸が詰まって通らず、再度おなかを開けて再手術になるんだそうな。 しかしおならが出なかったので、おならの出る注射をされました。 すると、あら不思議、プッ!プッ!プッ! 医者も一安心のようでした。

桃がおいしかった。 7月、田舎から桃を持ってきてくれました。 その桃の美味しかったこと。 あまり急にたくさん食べてはいけないようでしたが。 他には、普段はメチャ怖かった担任が見舞いに来てくれたと思います。 家が近くだからよってみた、と言うようなことを言っていたと思います。

大会議室に30か50かわかりませんが、とにかくたくさんのベッドを並べてあったように思います。 そして、そのほとんどに(8割くらい?)病人が寝ていたように思います。 退院してからは、自宅で夏休み中、ボ〜ッと過ごした事を懐かしく思い出します。

遠い昔の思い出
奈良 星空