雑談
(仕事)
退職
2003年01月25日 作成
2003年01月25日 改訂

不思議な感じ
31年も大企業に居たので退職した時に、なんだかと〜っても不思議な気分になりました。 まるで国籍を失ったような、まったく自由な人になれたような、何とも言えない不思議な気分なのです。 会社の社員である事が常識でした。 しかし、その常識から解き放たれたわけです。 健康保険は、会社の健康保険組合に加入していましたし、年金も厚生年金です。 税金も天引きですし確定申告の必要もありません。

社内の診療所では無料で検診や必要な処置がなされます。 歯医者、内科、検査、それに薬も無料なのです。 ほかに生命保険、自動車保険なども給料天引きでした。 これら生活に関する多くの事柄が会社によって処理されていたのです。

しかし、退職と共に、これら全ての保証がなくなりました。 必要な保証については、自分で手続きする必要が出てきたのです。 当たり前の事ですが、実際にそうなってみてはじめて、あぁやっぱりそうなんだ、と気づいた感じです。

市役所で国民健康保険と国民年金の手続きをしました。 健康保険は保険料が70万円/年。 市役所の職員もビックリする高額の保険料です。 続いて年金、厚生年金から国民年金への変更。 この2つは至急手続きするようにと言われたからです。

失業保険

定年扱いの場合は、失業した翌日から失業保険の対象者となり、 1週間後から毎日1万円の失業保険が貰えると言う事を、後から知りました。 11月に申請して11月分20万円ほどを受け取りましたが、 9月末に失業したので9月末に申請すれば10月はじめから貰えたそうです。 1ヶ月分、30万円ほどを貰いそこないました。

それは突然の事だった?

2002年9月末、中国へ出張中の私に会社からメールが入りました。 退職金を振り込んだので確認願いますと。 私は9月27日付けで退職となっている事を知りました。 退職の手続きに関する説明をするから東京まで来るように、との事です。 中国にいるから行けない、と返事をすると10月に入ってからでもよいから来るように、と言っています。 退職は希望退職ですから私が希望を出しておいた物です。 申請期限は7月。 その後、実際に退職になるまで会社からの連絡はありませんでした。

『書面で説明できないのか?』と尋ねると、大切な書類なので送ることは出来ない、との事。 やむを得ず東京への出張を決めました。 30年以上勤めた会社を定年扱いで退職するわけで、通常なら会社で退職の挨拶、 当日は自宅まで黒塗りの車で送迎、などの行事があります。 私の場合は通常とは異なり滋賀県の会社へ出向している事もあり送迎はありませんが 関係者への挨拶はしよう、と関係者何名かにアポイントを取りました。

NECの人事へ『やむを得ず出張する』と伝えると、書類を送っても良い、などと、 言うことを翻しました。 しかし、すでに会社の幹部何名かに訪問のアポイントを取るなど出張準備が進んでいるので 行かないわけにはゆきません、書類の送付は断り、出向くことにしました。

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