シリコンバレー
(1998年3月21日作成)
(2006年8月15日修正)
(2006年8月26日更新)
 

●なんでもない田舎町だった
アメリカの西海岸にあります。でも、シリコンバレーと言う地名はありません。 サンフランシスコから南へ向かって80Kmほどのところにサンノゼと言う小さな町があります。 このサンノゼから北をみると、はるか遠くにサンフランシスコがあります。(実際は見えません) この付近一帯をシリコンバレーと呼びます。
ここは30年前は何でもないただの田舎でした。 日本から訪問すると、いまでも田舎町に見えますが、現地の人たちは『ものすごい混雑』になってしまった、と言っています。
ここは世界で最も活気のあるハイテクの町です。 インテルやHP(私が大好きなヒューレットパッカード社)、SUN、アップルなど、みなさんにおなじみの会社をはじめ ヒューズエアクラフト社(宇宙開発など航空、軍事の会社)などの専門的な会社が軒を連ねています。 軒をつらねると言っても実際にはとなりの会社までの距離はゆったりとしていて 我々日本人からすればポツン、ポツンと点在していると言った感じです。
ここ、サンノゼ空港には東京成田からアメリカン航空の直行便が飛んでいます。 ジャンボジェットではなくて少し小さい飛行機ですが、とても便利なので私はこの直行便が好きです。 空港はローカル空港のような小さな空港で、国際線が到着すると急遽通関が行われる感じで、 私がシリコングラフィック社の帽子をかぶっていたら『あなたはシリコングラフィック社の社員か?』と語りかけてくれました。 これが入国審査?という気軽な雰囲気の田舎町なのです。

●開拓者精神
話は200年近く前の西部開拓の時代に遡ります。 この頃ゴールドラッシュが起きました。 一攫千金を目指す者が西部へ集まりました。 西部は一気に活気つきました。 大陸横断鉄道の経営者はゴールドラッシュで大儲けをしました。 この富豪は我が子のために学校を作ったそうです。 サンノゼとサンフランシスコの間にあるスタンフォード大学です。
2006年8月23日 時田先輩からコメントを頂きました。
スタンフォードの子供は息子だと思います。 15歳で、欧州で腸チブスで亡くなりました (フランク・ローズ著「エデンの西 (上)」p35)。 それで、大学の正式名は、リーランド・スタンフォード・ジュニア大学です。

開拓者精神旺盛な西部にあるスタンフォード大学は 最も優秀な生徒は会社を作る。 次に優秀な生徒は、最も優秀な奴が作った会社で一緒に働く。 並に優秀な奴は大企業にでも就職すればいい。 と言われています。
日本と違って終身雇用制ではありませんから彼らは自由に転職します。 むしろ5年以上同じ会社にいるのは誰からも引き抜いてもらえない人、と言われて価値のない人だと言われていました。 最近はこの考え方も若干見直されていますが、、
会社が気に入らないとか、もう少し給料を欲しいと言うならじゃんじゃん転職してしまいます。
いい部下を集められない上司には上司の資格はないのです。 上司は部下に好かれる環境を整備して、いい仕事をしてもらう必要があります。 いい部下が集められるのはいい上司と言う事になります。 つまり優秀な部下に好かれる人がいい上司なわけです。
会議は、出席してみて、もし自分に関係ないとか、つまらないと思えば、途中でさっさと帰ってしまいます。 会議の主催者(上司)は、その会議でなにをするのかを明確にして実りある会議を開くわけです。

開拓者精神とは一攫千金を目指すわけですから、一儲けしようという精神があります。 ビルゲイツが2兆円の資産を1代で築く事が出来るのも、アメリカの自由な精神の基にのみ可能な事ではないでしょうか?

●自由な雰囲気
シリコンバレーは全く自由な雰囲気のところです。 会社に固執するという考え方がないので企業秘密と言うことへの考え方が日本とは異なります。 私たちがなにか知りたいと言えば何でも教えてくれました。
会社に固執しないので、おつきあいは、どこの会社に勤めているとか、地位などは関係なく、その人の性格や実力が評価されます。 ですからなにか悪い事をすると、周囲から『あの人はこんな人』と言う噂が知れ渡り、社会的な地位を失う事になります。 どこかの国の大蔵省やら銀行のような不公正な事があれば、その人はそれなりの人と見なされて、主要ポストへつけなくなる。
規制や風習にとらわれず人間同士のつきあいが出来る場所、そんな感じの町です。 この町に暮らす人たちは比較的おおらかです。 気候が温暖で、割合に収入もいい。 そんな町でした。 しかし毎日1000人も流入すると言われるメキシコからの不法入国者が南から次第に北上しており、 近年徐々に治安も悪化してきたと言われています。 それでもロスに比べれば、まだまだ人々はおおらかで、おつきあいしやすい土地だと言えます。

●シリコンバレーの周囲
車で、北に1時間弱でサンフランシスコ、南に3〜5時間ほどでロサンゼルス、西には低い山脈を越えると太平洋があります。
お勧めは、西に1時間ほど走り太平洋へでてからさらに南下したところにあるモントレー。 ここにある水族館には野生のラッコがいます。 親にはぐれた子供のラッコを飼育して海に帰す作業をしていたり、 水族館で説明してくれる人たちがみなさん地域のボランティアたち、 など商業主義の水族館では味わえない【雰囲気】を味わう事ができます。
モントレー水族館をすぎると、17マイルと言う有料道路があります。 アメリカで有料道路は珍しい。 高速道路もただですからね。 この17マイルと言う道路は海岸線を走る道路です。 の〜んびりとドライブしてみてください。 のんびり走らないと味わえない、おおらかな雰囲気の場所です。

●私達の先生
いまから30年前、日本には半導体の技術はほとんどなく、全てアメリカから教わっていました。 この写真に写っている瓦礫の広場は『フェアチャイルド社』の跡地です。 フェアチャイルド社は当時世界でもっとも技術力のある半導体メーカーでした。 この会社はプレーナー特許という半導体の基本特許を持っていました。 この日本総代理店をしていた当社は、この会社からいろいろな事を教えてもらっていました。 半導体の作り方、使い方など何でも教えてくれました。
やがて、フェアチャイルド社で半導体の技術を学んだ人たちの一部がスピンアウトしてインテルと言う会社を作りました。 インテルからスピンアウトしてザイログ社をはじめた人たちもいます。 多くのエンジニア達はこのフェアチャイルド社から育っていったのです。

フェアチャイルド社は、フェアチャイルド&カメラカンパニーと言います。

2006年8月15日 時田先輩からコメントを頂きました。
 フェアチャイルドは、創業者の名前が、シャーマン・フェアチャイルドです。 子供向けカメラではありません。 最初は航空写真の会社で、次にそれ用のカメラを作り、次にはそれ用の飛行機を作り ました。 瓦礫の広場は感慨無量です。

(以下16日に頂いたコメントです)
 シャーマン・フェアチャイルドという人は、IBMの創業時に関わったということで大金持ちになり、新しいこと、技術的なことにはなんでも興味を持った人のようです。 それで航空写真を撮る会社を起こし、専用のカメラが必要で、航空写真用のカメラの会社を起こしましたが、チャーターした飛行機では気に入らず、航空写真用の航空機の会社を起こしたんだそうです。 凝り性の人だったんでしょう。

 そのカメラの会社では普通のカメラも作りました。 ポラロイド社は高感度フイルムと現像方法が特許だったので、カメラ自体は一時フェアチャイルド社が下請けで作りました。 日本ではヤシカが作りました。

 ノイスたちがショックレイと喧嘩して、独立しようとし、出資者を探したときに、のちにベンチャー・キャピタルとなるアーサー・ロックが仲介して、シャーマン・フェアチャイルドに引き合わせたのでしたが、当時はベンチャー・キャピタルというものが表立っては存在していなかった時代だったようです。


あれから30年していまでは見る影もない姿をさらしています。 日本の半導体メーカーが強くなり、世界を制しているのです。 97年のランキングを見ると世界No.1はインテル、続いてNEC、モトローラ、などの順です。 トップ10には日立、三菱、東芝などの日本のメーカーが名前を連ねています。
(以上1998年現在の内容です)
2006年8月15日現在、半導体メーカーは大きく変わりました。
日本のメーカーは整理統合されています。 メモリでは日立とNECがエルピーダとなり、日立と三菱がルネサスを作るなど 複雑な動きがありますが、ここでは説明を割愛させて頂きます。

●シリコンバレーからコンピュータバレーへ?
ヒューレットパッカード、アップルなどのコンピュータ産業も盛んです。 ゼロックス社の研究所から広まったと言われるポインティングデバイスのマウス。 ウインドウズの元になったアップルのビットマップOSの基礎はゼロックス社の研究所が発祥の地だと言われています。 コンピュータ産業が盛んになってもシリコンバレーという名前で生き続ける町、エンジニアあこがれの町です。
ガラクタ市  外部リンク → EE Times