NHKの番組
 
プロジェクト
2000年06月13日作成
2005年12月29日更新

2005年12月28日(水) 最終回
6年間続いた人間ドラマ?が終わりました。 ゲストを招いて7:30〜9:45まで2時間の番組は良くできていた。 中島みゆきの歌も良いですね〜

2003年04月16日(火) 門田さんが出た
なな、なんと知り合いが出ている。東大の坂村さんと共に。懐かし〜ぃ。
彼にメールしたら、方々からメールが来た〜、と言っています。

2001年01月16日(火) 心臓手術
ホントに命を懸けた患者が言った言葉は『人生の歩みをゆっくりにすると周囲が見える』と言う事。駆け足で走っていると、周囲が見えなくなる。走り続けるよりは、ゆっくり歩む事でもっと大切な物を見ながら生きてゆきたいものですね。
この番組は日曜日の『あなたのアンコール』で再放送されました。 アンコール放送で再び感動を新たにしました。 それは、番組そのものではなく、制作した人の苦労話が追加されているからです。 『大変忙しい先生で、取材は緊急連絡で時々中断しました』との事。 人前に出るのは好きではないのに取材に応じたのは、心臓病で悩む患者、 周囲の人たちに病気の事について少しでも理解者が増えれば良い、 と言う気持ちからでしょう、と言うディレクターの言葉に感動を新たにしました。 こういう裏の言葉が聞けるのも嬉しい事です。

2000年12月17日(日) もーれつ先生
京都の工業高校、校内をバイクが走る。荒れ放題の高校を建て直した一人の先生。その先生は元ラグビー全日本の代表選手だった。その人がはじめて先生となり学校へ来て驚いたのは生徒達のいたずらを注意しない事だった。

どうして生徒達がこの先生についていったのか?この先生は生徒達を自分の子供として叱り、かわいがった。ラグビー部の顧問を引き受けて、最初の試合でゴロ負けだった時に生徒に言った言葉は『ご苦労さん』と『申し訳ない』だった。俺と言う男がついていながらおまえ達が負けてしまった。それはおまえ達が悪いのではない、教え方がいけないのだと。先生も生徒も悔しさのあまりに泣いた。

自分は母親の無い家庭に育ったので、荒れた生徒が両親の離婚で荒れていた事を知ると奥さんに弁当を作らせて母親の愛情と言う物を悟らせるなど、常に本気で生徒に接した。生徒達も本気の先生がやっている事はわかる。

この泣き虫先生が番組の最後にいった言葉は『涙がたくさんあって良かった』と。

2000年11月14日(火) マツダ
20年ほど前にマツダの技術部を訪問しロータリーエンジンの模型を頂いたのを思い出しながらみていました。私の知らないマツダの様子がたくさん紹介されていました。2泊3日でマツダの技術部と打ち合わせをした頃が懐かしい。

2000年6月13日(火) ゆうやちゃん1歳
日本ではじめての生体肝移植が行われるまでと、その後。プロジェクトXは毎回様々な感動を伝えてくれるが、今回の生体肝移植については人間の命を救いたいと言う医師達の思いと、家族の思いが一致した事、そして様々な批判の中で自らの医師生命を犠牲にしてでも患者を守りたいと言う点で感動はひとしお。
もうけ主義の医師が多いと言われる中でも、真面目に患者の幸せを考えている、多くの医師もいるんだ、と言う事を教えてくれた番組でした。

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