帰国

2000年04月02日
2000年4月02日
アメリカン航空で帰国

行きと同じルートを逆にたどって帰国です。出発まで6時間ほど時間があります。
早内さんとおっしゃるお宅へおじゃまして、出発まで休むことになりました。
窓から外を見ると、夜空にアドバルンが浮かんでいます。
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夜8時から夕飯をごちそうになりました。和食です。
ま〜ったく日本と変わらない夕飯です。みそ汁を飲む
と、不思議と調子が良くなった様な気がしました。し
かも奥さんに気を使っていただいてご飯はお粥にして
頂きました。旅先で調子が悪いときにこのように親切
にして頂くと嬉しい物ですねぇ。夕食後はしばらく歓
談していました。ご主人は私より少し歳上でした、こ
のご主人が、メチャ気さくでいい人です。気に入った




ペルーでくしゃみをすると、周囲の人が『サルー』(カンパイ!)と言って祝ってくれます。咳は病気ですが、くしゃみは、体の中の悪い神様が体の外へ出ていった、と言う意味だそうで、めでたいんだそうです。
『サルー』と言ってくれたら『グラァシアス』(ありがとう)と、お礼を言います。
ご飯が終わってお茶を頂きながら話しをしていて、私がくしゃみをしたので奥さんが『サルー』と言ってくれました。

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この方がご主人、と〜っても気さくで、楽しい方です。

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早内さんちの玄関で記念撮影です。

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おい鈴木君
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こちらは娘さん。

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最前列は旦那さん、最後列が鈴木さん、中間の列の6人は
左から現地ガイドの遠藤さん、早内さんの奥さん、娘さん
四国から一人で来た?さん、姪のまりっぺ、一番右側が私

夜10時、お世話になった早内さんのお宅を後にして、空港へ向かいます。

空港へ向けて真夜中のリマ市内を
はしります。
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どうもお世話になりました。
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空港では厳重なチェックが行われました。
ペルーから米国へはテロリストが入る可能性がある、との事で、チェックインカウンターでは『他人の荷物を預かっていないか?』『荷物は自分でパッキングしたか?』『パッキングした後でどこかに預かって貰っていないか?』と確認があります。爆弾テロは、爆弾を乗客の荷物にコッソリ仕掛けるんだそうです。

また、他人の荷物を預かると、その中に麻薬が入っている可能性があるから、親切に確認をしてくれるんだそうです。絶対に他人の荷物を預かってはいけないんだそうな。

チェックインした後の、セキュリティゲートでは上着は脱いで見せろ、帽子は取れ、などメチャ厳重。昔の爆弾テロがさかんだった頃の様に、カメラは動かして見せろ、など最近では珍しい厳しいチェックでした。カメラ型のピストルが有ったりするらしい。

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おいっ、鈴木君、、
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閑散とした出発ロビー
ここで1時間ほど待ち
ました。ここでもセキ
ュリティーチェック。
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深夜1時、リマからアメリカのダラスへ向けて飛び立ちます。

と〜っても変わった文化を持つ国、ペルーともこれでお別れです。

7時間の飛行、朝7時、アメリカのダラスへ到着しました。(時差1時間)

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ダラスでは2時間待ち合わせです。
日本行きの飛行機へ乗り継ぎます。

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ナビゲーション画面上の飛行機は、
グングン日本へと動いて行きます。

日本までは11時間、の〜んびり過ごします。

この飛行機は客席一人一人に画面があり、自分の席から電話も掛けられます。飛行機の中から私の弟(姪のお父さん)に電話してみました。2〜3回ダイヤルしても途中で切れるので国際電話のオペレータに電話したつもりが、本人が出て来たのでビックリしました。簡単に電話出来るんですね。

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ダラスを出ると、ロッキー山脈を越えてカナダのバンクーバーへ

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日本行きだけあって、お酒は日本酒を積んでいます。

402-025.jpg 4月3日 午後3時、成田到着。

税関で『どちらへ?』と聞かれたので『ペルー』と答えると、
『南米へリュック一つで行ってきたぁ?』と、怪訝そうな顔をされました。

『あまりにも軽装なのであやしい』と言うのです。 『これでも多かった』と答えると、税関のおにいさんは、パスポートのスタンプをみて、 急に 『 ニコッ 』 と顔が変わり 『 お疲れさま 』 と通してくれました。
999-805.jpg 私があまりにも軽装なので『旅慣れていますね』と言われます。 旅に荷物は要らない、と言うのが私のモットーです。 今回はキャスター付きの小型スーツケースで出かけたのですが、 荷扱いで取っ手を壊されたのでペルーで捨てちゃいました。 良くできたスーツケースだったので拾った人が喜んでくれました。 ホントに要らないのか?と。 右のリュックはマチュピチュを歩くためのもので、これで帰ってきたわけではありません。 もう少し大きなリュックにこの小さなリュックを入れて行きました。念のため。
このリュックを背負ったおじさんが都内の博物館に居たり 秋葉原 を歩いていたら、それは私です。一声掛けてください。

旅は軽装に限る。小さなリュック一つで世界旅行は出来る。

姪は上野経由で長野へ、私は例によって横須賀線で自宅へと帰ります。

最後までご覧頂きまして
有り難うございました

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